ポリオ(急性灰白髄炎)について
知っておきたいこと
はじめに:「消えゆく病」の物語
かつて世界中の子どもたちを恐怖に陥れた病気、ポリオ。日本では「小児麻痺」とも呼ばれ、1960 年代までは多くの子どもたちの未来を一瞬にして変えてしまう恐ろしい病気でした。しかし現在、日本ではほとんど見られなくなった「消えゆく病」となっています。
この記事では、世界的な根絶に向けて大きく前進しているポリオについて、わかりやすく解説します。
ポリオって何?
ポリオは、ポリオウイルスによって引き起こされる感染症です。正式名称は「急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん)」。なぜこんな名前がついたのかというと、このウイルスが脊髄の「灰白質」という部分に炎症を起こすからなんです。この部分には、私たちの体を動かす大切な神経細胞があります。
日本の感染症法では 2 類感染症に分類されており、ジフテリアや結核などと同じく、重要な監視対象疾患となっています。
どうやって感染するの?
ポリオウイルスは「口から入って、お腹で増えて、うんちと一緒に出てくる」という経路をたどります。つまり:
- 感染者の便に含まれるウイルスが、何らかの形で口に入る
- 腸の中でウイルスが増殖する
- 増えたウイルスが便と一緒に排出され、次の人に感染する可能性が生まれる
特に衛生環境が十分でない地域では、汚染された水や食べ物を通じて感染が広がりやすくなります。大人も感染することがありますが、特に乳幼児が感染しやすい病気です。
どんな症状が出るの?
ポリオに感染しても、実は 90〜95%の人は無症状か軽い風邪のような症状だけで終わります。しかし残りの人には、以下のような段階で症状が現れることがあります:
初期症状(感染から 3〜35 日後)
- 発熱
- 頭痛
- のどの痛み
- 吐き気・嘔吐
- 疲労感
これだけなら風邪と区別がつきませんね。しかし一部の人では、ウイルスが血流に乗って脊髄に達し、次の段階へと進みます。
麻痺症状(初期症状から数日後)
- 手足の筋肉がだらんとする「弛緩性麻痺」
- 左右非対称の麻痺(片側だけ、または一部の筋肉だけが麻痺する)
- 筋肉痛
- 知覚障害はほとんどない(痛みや触感は残る)
特に怖いのは、一度起きた麻痺が永続的な障害として残ることがあること。また、呼吸筋が麻痺すると呼吸困難となり、生命の危険につながることもあります。
治療法はあるの?
残念ながら、ポリオに対する特効薬はまだ見つかっていません。治療は主に以下のような対症療法が中心です:
- 痛みの管理
- 呼吸のサポート(必要な場合)
- リハビリテーション(残された筋肉機能を最大限に活用するためのトレーニング)
麻痺が残った場合は、装具や車椅子などの補助具を使って日常生活をサポートします。
予防方法は?
予防接種が最大の武器
ポリオに対する最も効果的な予防法はワクチン接種です。日本では現在、定期予防接種として「四種混合ワクチン」(ジフテリア・破傷風・百日咳・ポリオ)が接種されています。
実は日本のポリオワクチンの歴史には大きな転換点がありました:
- 2012 年 8 月まで:経口生ワクチン(OPV)を使用(飲み薬タイプ)
- 2012 年 9 月以降:注射の不活化ポリオワクチン(IPV)に切り替え
この切り替えには重要な理由がありました。経口生ワクチンは極めてまれに(約400 万接種に 1 例)「ワクチン関連麻痺(VAPP)」という副反応を起こすことがあったのです。不活化ワクチンはこのリスクがなく、より安全に免疫をつけることができます。
ポリオ流行国への渡航者は要注意
もしポリオが発生している国に 4 週間以上滞在予定がある方は、過去にポリオワクチンを受けていても、渡航前に追加接種が世界保健機関(WHO)から推奨されています。特に 1975〜1977 年生まれの方は免疫が低い可能性があるため、注意が必要です。
基本的な予防行動も大切
ポリオが流行している地域に行く場合は、次のような基本的な予防行動も重要です:
- 食事前の手洗いを徹底する
- 安全な水を飲む(ミネラルウォーターなど)
- 十分に加熱された食品を食べる
世界のポリオ根絶への道のり
ポリオは人間だけが感染する病気であり、効果的なワクチンがあることから、天然痘に続いて地球上から根絶できる可能性が高い感染症と考えられています。世界保健機関(WHO)を中心に、各国が協力してポリオ根絶に取り組んでいます。
これまでの成果
- 1988 年:世界で推定 35 万人のポリオ患者
- 現在:99%以上減少し、野生型ポリオウイルスが常在しているのはわずか数カ国のみ
地域別の状況
- アメリカ地域(1994 年)、西太平洋地域(2000 年)、ヨーロッパ地域(2002年)ですでに根絶宣言
- 日本は 1980 年を最後に野生型ポリオは発生していない
- アフリカ地域、中東、南アジアの一部でまだ発生あり
ポリオ根絶へのカウントダウンは着実に進んでいますが、政治的不安定や紛争地域ではワクチン接種活動が困難なことも多く、最後の一歩が最も難しいとも言われています。
日本のポリオの歴史
日本でも 1940〜60 年代には全国各地でポリオの流行がありました。特に 1960 年には北海道を中心に 5,000 名以上の患者が発生する大流行があり、多くの子どもたちが麻痺の後遺症に苦しみました。
この危機に対応するため、1961 年に経口生ポリオワクチン(OPV)を緊急輸入し、大規模な予防接種が実施されました。その結果、流行は急速に収束。以来、定期予防接種によってポリオは日本からほぼ姿を消しました。
まとめ:未来へのメッセージ
ポリオは、人類の知恵と協力によって「過去の病気」になりつつあります。日本に住む私たちは、予防接種の恩恵を受けて、ポリオの恐怖からほぼ解放されています。しかし世界には今もポリオと闘っている地域があることを忘れないでください。
- 当クリニックでは、お子さまの定期予防接種(四種混合ワクチン)について丁寧にご説明し、安心して接種していただけるようサポートしています。
- また、海外渡航予定の方への追加接種についてもご相談に応じていますので、お気軽にお問い合わせください。
健康を守る第一歩は正しい知識を持つこと。この記事が皆さまのお役に立てば幸いです。